『からくりサーカス』シェイクスピア引用文解説集

2013年秋の文学フリマにて無料配布いたしました「『からくりサーカス』シェイクスピア引用文解説集」をネット用にまとめ直しました。

6. 人からあまりにも丁寧に礼を言われると、 おかしな気持ちがするものだ。

6.

人からあまりにも丁寧に礼を言われると、

おかしな気持ちがするものだ。

1450ページ)

 

when a man thanks me heartily,
methinks I have given him a penny and he renders me
the beggarly thanks. 

「おれはだれかにこころからなるお礼を言われると、

こっちはただの一ペニーしかやらなかったのに

むこうは乞食みたいにペコペコお礼を言ってやがると思えてくる」

(『お気に召すまま』2562ページ)

 

in Karakuri

 先の5番のセリフの直後のページでのセリフである。傷だらけのギイを見て、助けた子どもが泣きじゃくりながらギイに飛びつく。その姿に困ったような顔を浮かべながら引用したのが上のセリフだ。

 

In Shakespeare

 シェイクスピア劇の中で最も歌の多い戯曲、それが『お気に召すまま』である。2番の『十二夜』に続く久々の喜劇だ。(ちなみに1番の『ヴェニスの商人』も暗い影はいろいろあるものの、一般的分類は喜劇である) 青年オーランドーと前公爵の娘ロザリンドはオーランドーが参加したレスリングの試合で初めて出会いすぐに恋に落ちる。だが、二人が再びあいまみえる前にオーランドーは兄に理由もなく疎まれ追放の身となる。ロザリンドも彼女の父から公爵位を簒奪した叔父に追放を命じられ、父を探す旅へと出る。オーランドーは従者アダムと、ロザリンドは従兄弟シーリアと道化タッチストーンと共に、別々に旅にでた彼らだったが、たどり着いたのは前公爵が住むアーデンの森であった。

 

 主人公二人の境遇は中々悲惨だが、アーデンの森にたどり着いてからの雰囲気は軽快でコミカルである。ウィットの効いたロザリンドのセリフなども理由の一つだが、なんといっても脇役たちの愉快さが喜劇の雰囲気を盛り上げている。中でも『お気に召すまま』の名脇役といえば皮肉屋でペシミスティックなジェークイズだ。そのジェークイズが仲間のアミアンに歌を歌ってくれと頼んでおきながら「人にお礼を言うおれじゃあないが言うとすればきみに言おう」とふてぶてしく言い放ち、言った言葉が上のセリフになる。一般的礼儀としてのお礼にまで文句をつけるキャラクターがジェークイズなのだ。なんにでも文句をつけなければ気がすまない彼の名言はこれだけではない。例えば、オーランドーと二人で森を歩けば「お付き合いいただいてありがとう。もっとも、実のところ、一人にしておいてもらったほうがさらにありがたかったが」とわざわざ嫌味を言う。しかし、ふさぎこむ彼の観察眼は他のキャラクターたちとも一線を画す物がある。1番で紹介した、「この世界はすべてこれ一つの舞台、人間は男女を問わずこれ役者にすぎぬ」で始まる長台詞も彼のセリフだが、人間をよく観察した興味深いセリフである。ジェークイズは人間の一生を赤ん坊、泣き虫小学生、恋する若者、軍人、裁判官、間抜けじじい、第二の赤ん坊の七つの幕に分けて説明する。年をとった人間のことをやくたたずで何もできないものと描写するのは、心苦しいものがあるが人の一生の解釈としてはかなり面白い。機会があれば是非全文を読んでいただきたい。